危険な本だ.
火傷する.肯定するにも,否定するにも,評者の知性を試される.アジモフの作品は評者の感性ではなく知性が試されるという言葉があるが,アジモフはまだ読者への気遣いをふんだんにしていたのだと気付かされる.本書はそれ程に辛口である.デザイナ向けに書かれた本であるが,本書の内容を理解できるデザイナは日本に数名しかいないだろう.
著者小川一行は湯川秀樹の下で物理学を学び,東芝で20年以上技術職を勤め,その後デザイン部門へと転身し,さらにその後千葉大工学部へと移った異色の経歴の持ち主である.その彼が繰り出す,数学,物理学,生理学,心理学,哲学とデザインのタペストリーは,空前の知の冒険へと誘う.
本書冒頭にあるとおり,湯川秀樹の「類似を安易に他人の空似と見過ごしてはいけない,思いがけない血のつながりが隠されているかもしれないのだから」という言葉を足がかりに,本書は,デザインという知性と感性を統合した精神的・肉体的活動と様々な学術的知見とのアナロジーを通して,デザインの本質へと迫る.
僕もまだ一読した段階なので到底読み込んではいないのだが,初見でのまとめを以下に記しておく.
第1章「かたちの不思議」は「かたち」と「形」を便宜上区別する必要性を解くことから始まる.数学の言葉で言えば集合と元の区別だ.だから「形という名のかたちはない」となる.カントール,ラッセルが登場するが,基本的な集合論を抑えておけば問題ない.図1.7はこの時点では意味不明だが,通読して戻ってくるとなんとなく意味がわかる(だろう).
第2章「知覚空間の基本原理」はJ.J.ギブソンの生態学的視覚論の紹介だが,知覚空間(定義が若干曖昧な気がするがそれはさておき)は数学で言うハウスドルフ空間に近いという話も出てくる.吉川弘之の一般設計学との対比が頭をよぎる.
第3章「ゲシュタルト理論」は途中からニュートン・ポテンシャル(重力ポテンシャル)の話になり,位置や質量に相当する心理的な量は何かという議論が展開され,結論は第6章へと持ち越される.途中密かにユングの唱えた無意識的複合体が顔を出す.
第4章「生体内での情報の変容」は打って変わって生理学の内容で,視細胞の構造からヒトの視覚情報処理に話が及ぶ.
第5章「知覚の古典力学」は難解なのだが,僕の理解ではニュートンの運動法則と知覚の法則との対比を行なっている.例えば運動量は外力を受けなければ変化しないのは,知覚の慣性あるいは恒常性と対比される.続けて,かたちとは位置pと流れqのペア(p,q)であり,ペア(p,q)のノルムがある種の変換に対して不変であることを述べている.(ここらへんは僕の脳内で可能な限り情報を補って読んでいる.)その後ニュートンの運動方程式をハミルトン形式で表すが(これは時間微分を回避するためだと第6章で述べられる),力学的保存量と心理学的保存量の対応付けはなされないまま終わる.
第6章「トポロジー」はゲシュタルト理論に数学的枠組みを与える.ハミルトン形式が力学系の法則を幾何学へと還元した手法を「トポロジー的手法」と呼び,この手法を活用する.まず脳内の信号伝達のモデル化を行う.一例としてパーセプトロンが挙げられる.次に知覚可能な多様体の議論に移る.ここで突然一般相対論が出てくるが,これは余興だろう.この多様体を数式で表しておき,何らかの数学的操作(フーリエ変換とユニタリ変換が挙げられれているが,両者は異なるクラスなので僕はまだ著者の真意を掴みかねている)によって心理的な「かたちの本性」へと辿りつけるというのが著者の主張である(ようだ).最後に実験とは行列の対角化だという主張があり,これは頷ける.(ちなみにフーリエ変換も無限次元行列の対角化だ.)
第7章「意識についての省察」は冒頭で「我々は先に配位空間上に定義された複素ベクトルΨに意識という言葉を当てはめた」と述べられる.これは第6章のまとめでもあるだろう.それをこの章では過去の哲学議論から吟味する.カント,ヘーゲル,フッサール,ハイデガーが紹介され,意識が線形かどうか,すなわちベクトルかどうかという点について議論が深められる.KJ法やブレインストーミングについて考察が行われ,本書式7.2に至って(意識)=(知識)+(知識)+…という関係が登場する.
第8章「色の世界のメタ・モデル」では古典的な色彩論が紹介されるが,最後に「複素色立体」という独自の考え方が述べられる.実はこれ,僕も独立に考えたことがある.というのも,イマジナリーカラーのようにパラメタが常に正という量を見つけると,物理屋さんはかならず背後に複素量を探すでしょ?
第9章「メタ・モデルと量子力学」では「実は著者がデザインと関係するようになって一番最初に思いついたテーマ」である,量子力学とデザインのアナロジーが述べられる.まずフォトンの位置と運動量の不確定性が述べられ,ハイゼンベルクの不確定性原理をエネルギと時刻の間で表し,ついでエネルギを(情報)エントロピーと読み替える.これは面白いかも.続けてド・ブロイの波動と意識を構成する知識は同等という議論が出てくる.そして,この波動関数はシュレディンガー方程式に従うので,ハミルトニアンは意識宇宙の中心的実存であるとする.
終章に「探しあぐねた本当の名はもしや<美>ではなかったか」と書かれていて,ここではっとさせられる.本書の最後の文章は「美しいものはない,ただ美しいと思うのだ」という小林秀雄の思想で締めくくられる.
今度は深く読み込んで,改めて本書を紹介したい.